「続・代替屋」展示&飲食体験パフォーマンス Part 2
雑草と昆虫の料理が「食べる本能」を呼び覚ます パフォーマンスのコースは5章に分かれています。料理をサーブする際に柴田シェフが厨房から...
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パフォーマンスのコースは5章に分かれています。料理をサーブする際に柴田シェフが厨房から出てきて、料理とその名称について熱く語ります。耳を傾けてみましょう(以下、斜体の部分は柴田さんの説明です)。

第1章は「渋谷特産野菜と種(たね)」。ワンプレートに「渋谷特産野菜のサラダ」「記憶装置としての白和え」「おふくろの味NEO」の3種を盛り合わせています。

「渋谷特産野菜」は、ワークショップの参加者と一緒に、渋谷の街を歩きながら採取した雑草をプランターで栽培したものです。雑草は土の養分を吸う力が強いので、農薬が撒かれていないという確証のある場所から採取しました。葉は排気ガスで汚れている可能性があるので取り除き、根と新芽だけをプランターに植え付けました。プランターはしばらく渋谷の文化施設の屋上などに置いた後、この会場に移してデジタルサイネージの光で育てました。
雑草は管理された都市のなかで自生し、その場所に合わせて姿を変えて育ちます。通年店頭に並ぶ野菜とは異なり、雑草には“旬”しかありません。そのうえ栄養価が高い。そこから雑草を「渋谷特産野菜」として栽培しました。
サラダの中身はノゲシとヒメジョオン、ハルジオン、オオアレノギク、セイヨウタンポポなど。ドレッシングは渋谷で採取したエビヅルの果汁を煮出して、オリーブオイルと和えたものです。市販の野菜と比べると、雑草はときに苦みを伴いつつ濃厚な味わい感じさせてくれます。ドレッシングもエビヅルの自然な酸味が爽やかです。いまスーパーなどに並ぶ野菜はほとんどがF1種という品種改良された種類です。形や大きさが揃っているけれど、次の世代には形質がバラけてしまいます。そのため農家はF1種を買い続けなければいけない。そうした種はバイオテクノロジーを駆使する大企業が牛耳っています。F1種が日本で広まったのは、昭和の東京オリンピックが開かれた1964年ごろです。それがいまでは大量生産・大量消費・大量廃棄という巨大なフードシステムに発展しています。

他方、特定の地域に生息している在来種や、遺伝子が“固定”している固定種をずっとつなぎ続けている農家もいます。形や大きさは不揃いだし、収穫時期も違ってくるけれど、味が濃くて美味しい野菜ができます。そうした野菜を栽培する横田農場(埼玉県小川町)の大豆を材料にしたのが「記憶装置としての白和え」です。「記憶装置」と名づけたのは、横田農場の方が「種だけでなく、その周りにある文化も一緒に残さないと意味がない」と話されたことにちなみます。大豆なら豆腐や醤油、味噌をつくる文化のことです。「おふくろの味NEO」はカボチャの煮つけです。このカボチャも「南部一郎」という在来種で横田農場が栽培したものです。どちらも甘みが濃くて美味しいので、ゆっくり味わってください。
白和えには小さな種がトッピングされています。イエローマスタードやコリアンダー、エンドウ豆、大豆、小豆、タカキビなどの在来種、固定種です。カボチャには一緒に煮つけた種が添えられています。固定種・在来種を未来へとつなぐ農家へのリスペクトが込められています。
食事の合間に「数珠玉茶」というお茶をいただきました。ハトムギの原種にあたるジュズダマを煮出したものです。郷愁をそそる素朴な味わいでした。

第2章は「City Bugとギャル」。謎かけのようなタイトルですが、実は昆虫食のパートです。そのココロは――。
昆虫食は未来の蛋白源として注目されています。そこで昆虫料理研究家の内山昭一さんが主催する「バッタ会」に参加して、バッタの素揚げをいただきました。もちろん美味しかったのですが、それ以上に自分の中に眠っていた本能が呼び起こされる感覚がありました。普通の食材はラッピングされて賞味期限があるので、わたしたちは安全が保証されていると盲目的に信じていますが、野生の昆虫を食べるには自分の身体で安全かどうかを判断しなければいけないからです。

渋谷で昆虫を採取するワークショップを開いたのですが、それは都市(city)というシステムの網目をかいくぐって存在する昆虫(bug)を探すこと。高度に管理された環境を生き延びる昆虫の戦略を知ることにつながります。一方、ファッションビルの「109」はギャルの聖地ですが、彼女たちもギャルという鎧で自分たちのアイデンティティーを守りながら渋谷という都市を生き抜いている。その姿が昆虫とシンクロしました。
「コロコロデコのテリーヌ」は手鏡の鏡面に載せてサーブされます。ゼリー状の部分は食用に養殖したコオロギから出汁をとっています。そのなかのムースは、出汁をとったコオロギを生クリームと一緒にミキサーにかけたものです。コオロギの出汁はそのままラーメンのスープに使えそうなほど濃厚。ムースは滑らかな食感で、濃厚な味わいでした。

食べ終わった後、手鏡を折りたたむと表面はカラフルにデコっています。ギャルの必携品である手鏡をイメージしたコオロギ料理だから「コロコロデコ」。納得です。
次の「虫の素揚げ ギャルマインドと共に」の前半部は直球のネーミング。後半部は、ハイビスカスの花びらを砕いて塩と混ぜたものを添えること。ハイビスカスにギャルのイメージを重ねています。

手鏡のデコ面に、オオスズメバチの幼虫と成虫、アブラゼミの3種の素揚げが盛られると、参加者のテンションが異様に上ります。どこからかギャルの合言葉「アゲーッ」が聞こえてきそう。柴田さんが話したように、野生の食材が本能的な興奮と警戒心を呼び覚ましたようです。
食後の感想はさまざまですが、オオスズメバチの幼虫は白子のようにクリーミー、成虫は苦みとともに繊細な味わい、セミはざっくりした歯ごたえが面白い――といった声が聞こえてきました。

第3章「渋谷の親子蓋」も謎のネーミングです。
窓の外に見えている国立競技場の地下には、かつては渋谷川が流れていました。昭和の東京オリンピックの頃に暗渠化されて、いまは下水道になっています。その下水道管のマンホール蓋は、蓋の中にもう一つ小さな蓋がある入れ子構造になっていることから命名しました。というのは、この第3章の料理は台湾に関係するのですが、現在の「109」の場所には戦後、ヤミ市があり、その中には台湾マーケットが存在していたからです。

最初の料理「生ごみ汁の台湾ビーフン」は、先ほどの横田農場から仕入れた野菜くずからスープをとっています。そこに、下水の硫黄のような匂いをまとわせるために、硫黄の匂いのするパキスタン産の黒岩塩とピータンを加えました。ビーフンの材料は台湾のインディカ米。台湾が植民地だった時期に、日本がジャポニカ米を導入して生産を奨励した歴史が背景にあります。
2皿目は「闇鳥」。かなり大ぶりの焼鳥の串が出てきました。

渋谷のヤミ市では焼鳥屋が繁盛しました。現在も営業している老舗もあります。そこではつい最近まで、スズメの焼鳥が食べられたそうです。今回はベトナム産のスズメの肉を使っています。手足の骨や軟骨の食感が残るように粗めにミンチして、タマネギを加えました。謎肉として大豆ミートも潜ませています。台湾の調味料・腐乳(フールー)を手作りし、表面に塗ってから焼き上げています。

ガリガリとした食感と腐乳の匂いが相まった、エスニックテイストの焼鳥。ビールがほしいところですが、出てきたのは「渋谷茶」です。

渋谷にはかつて茶畑がたくさんありました。昨年、鍋島松濤公園に数株残っているのが発見されたので、渋谷茶を復活させるプロジェクトが進められています。渋谷茶は狭山茶を移植したものといわれているので、今回は狭山茶に、渋谷で自生しているミントとエビヅルの出汁ガラを混ぜてみました。

闇鳥の濃厚な後味を洗い流す、ミントの爽やかさが絶妙でした。
コースは佳境に入ってきます。第4章は「代替肉と肉もどき」。テーブルにはボリュームのある丼もの「もどき魯肉飯」が出てきました。

CCBTのアーティスト・フェローに応募するとき、ぼくたちがフォーカスしていたのは培養肉でした。動物の細胞を血清などの培養液で培養してつくる“肉”です。アメリカなどでは実際に食べることができますが、日本ではまだ培養肉に対する法整備ができていません。そのためリサーチが行き詰まりました。そこで気づいたのが、培養肉の系譜にはもどき料理、精進料理の系譜があることでした。調べてみると、精進料理は仏教がインドから中国に渡ったときに発生したそうです。それが台湾では素食(スーシー)として定着しています。
今回はかなり頑張って「もどき魯肉飯」をつくってみました。この魯肉は実はベトナム式で、皮の部分はフランスパンを使っています。ベトナムはかつてフランスの植民地だったからです。肉の部分は米粉と大豆ミート、脂身の部分はタピオカ粉を使っています。
高菜のようなものは雑草のセイヨウカラシナを使った漬物。大根は横田農場の在来種をべったら漬にしています。べったら漬は東京オリジナルの漬物です。

柴田さんが「かなり頑張って」というだけあって、「もどき」の完成度はなかなかのもの。肉の食感でないことはわかるけれども、食材の見当はつきません。皮はフランスパンと聞いて、驚きの声が上がりました。が広がりました。漬物とのコンビネーションも秀逸でした。
いよいよメインディッシュですが、第5章のタイトルは「オルタナティブテクノロジーへ」。どんな料理が出てくるのか、想像もできません。

今回のコースは、現在のフードシステムからこぼれ落ちるもの、排除されるものから料理を構成しています。「しぶとい光」のメインはアメリカナマズです。食用として日本に導入されたのですが、その後、特別外来生物に指定され、駆除の対象になりました。

アメリカナマズの美味しさを最大限に引き出すために、70度の低温で火を通してコンフィにしました。手前の葉はノゲシのコンフィ。最初にサラダで食べていただいたノゲシとは全然違う味わいになっています。ナマズの上にかかっているのは、横田農場から仕入れた野菜クズを塩水に漬け込み、乳酸発酵させたものです。酸味を味わってください。

カリカリの野菜は、雑草の出汁ガラをエアコンの室外機で乾燥させたものです。あらゆる住まいに室外機がある東京ならではの「郷土料理」として、ドライ雑草にしてみました。これは実際に元朝日新聞記者でフリーランサーの稲垣えみ⼦⽒が、イベントで「現代の都市部の郷土料理とは何か?」という問いのもと、イベントで披露された料理に用いられた調理の手法をそのまま模倣させてもらっています。硬い部分もありますが、ゆっくり噛みしめると雑草の甘みと旨味がじんわり味わえます。そして周りにふりかけられた黒いものは雑草や野菜を焦がしたもので、普通焦げというと料理における失敗の象徴的なものですが、ここではあえて炭化するぎりぎりまで焦がして、旨味と苦味を引き出しています。
雑草の根を噛み締めると、糖化されて甘みを感じるようになるんだろうか。そんなことを考えていたら、柴田さんが改めて第5章のコンセプトを説明してくれました。

第5章は「オルタナティブテクノロジーへ」というテーマです。農業におけるテクノロジーが戦っているものは、突き詰めると雑草と害虫、そして病原菌です。なかでも雑草と害虫は、人類が農耕を始めたときから戦わざるを得なかった敵です。テクノロジーは驚異的に発展してきましたが、いまも同じ敵と戦い続けています。その一方で、遺伝子組み換えのテクノロジーは嫌悪の対象になったりします。
歴史学者の藤原辰史さんとのトークイベントで「テクノロジーは悪なのか」と質問したら、「オルタナティブテクノロジーがキーワードになるかもしれません」という返答をいただきました。効率化を進めて、人と人、人と自然の関係を疎かにしていくテクノロジーではなくて、こぼれたものを拾い上げたり、 “漏らす”テクノロジーはどうか、という提言で、すごく腑に落ちるものがありました。生きにくいこの世の中で、一筋の光を見せるような、オルタナティブテクノロジーがあるんじゃないか。そう考えてつくったのが「しぶとい光」です。
最後の皿は「おなじみのポテト ビンテージポテトのピュレを添えて」。平皿にピュレを絞り出し、その上に置いたのはなんとポテトチップ。たしかに「おなじみのポテト」です。ピュレをつけていただきます。

日本製のポテトチップはアメリカでも販売していますが、パッケージに「この食べ物はあなたの健康に害を及ぼす可能性があります」と、タバコと同じような警告文が印刷されています。ジャガイモは高温で揚げると微量の発がん性物質が発生するからです。では、アメリカのポテトチップはどうかというと、遺伝子組み換えで発がん性物質が発生しないようにしたジャガイモが使われているものがあるのです。発がん性と、遺伝子組み換えの危険性との間でわたしたちの食が揺らいでいるわけです。
ビンテージポテトはしわくちゃになるまで保存したジャガイモです。普通は捨てられるようなジャガイモですが、実は甘みと旨味がぐっと強くなっています。
最後のお茶は「糞茶」。蚕が食べた桑の葉が体内で発酵して、糞として排出されたものです。これも、取りこぼされるものを拾い上げた一例です。意外と香ばしいお茶をいただきながら、柴田さんの最後のあいさつに耳を傾けました。

参加者からこんな感想をいただきました。「久しぶりにほんとうに食事をしたという気分になりました」。ふだん食べていないものを食べる、食べづらいものを食べると体が緊張したり、拒絶したりすることがあります。でも、食べることは本来そういうことではないでしょうか。わたしたちの食はいま巨大なフードシステムに覆われて、パッケージ化された食品を安全だと信じながら食べています。でも、食べることは本来危険なことでもあり、だからこそ食べて安心感を得られること、美味しいことはほんとうに尊い――。そんなことを考えながら、6ヶ月間のリサーチを料理に落とし込んでみました。

食べることは、生きること。生きることは、食べること。そんな当たり前かのように思えることでも、生き物を食べ物にするための多くの過程が完全に分業化され見えなくなっているフードシステムの下では、そう実感しづらいのが現状です。確かに、莫大な時間や手間がかかるこれらの行為は、誰かにやってもらいお金で解決する方が楽で、効率的です。大量生産して過剰にストックを持てば、食べ物はいつでも手に入るし、今日のフードテックのお陰で、食べることに費やす時間は大幅に削減できる。こうした分業化のテクノロジーが今の私たちの社会を発展させてきたのだとも言えるでしょう。

食べることが、速く、どんどん楽になっているのです。しかしそのことで、結果、生きることが、速く、どんどん辛くなっていってはいないでしょうか。生きることに直結している、食に関わる様々な過程の中の決断や、またその実感を、完全に他人任せにしてしまうことで、私たちの生きる力そのものが弱くなってはいないでしょうか。フードシステムの効率化は、人の生きる力を、その喜びをも簡略化してしまってはいないでしょうか。そもそも、生きることはめんどくさいことばかりなのであり、命を食べ続けることでしか生き続けられないことは、本来すごく大変なことです。しかし、この食べることのめんどくささ、大変さにこそ、生きている実感を噛み締めながら力強く生きるヒントがあるような気がしているのです。

(編集:西岡一正、写真:阪中隆文)
高度に都市化された渋谷周辺を舞台に食材や調理法を代替して作る「代替」料理を創作、実食可能な体験型パフォーマンス作品へ