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「City Bug」渋谷昆虫採取試食ワークショップ

都市に潜む昆虫を食べて、わたしたちの「食」を考える

東京・渋谷の街なかで昆虫を採取して、試食する。そんなワークショップ「City Bug」が昨年(2024年)11月16日に行われました。企画したのはアーティストの柴田祐輔さんとToken Art Center(東京都墨田区)。講師はNPО法人昆虫食普及ネットワーク理事長の内山昭一さんです。昆虫は未来のタンパク源として期待されていますが、実際に食べるとなるとハードルが高い。それはなぜなのか。都市に潜む昆虫(City Bug)を食材とすることで、わたしたちの「食」のあり方を考えてみました。

山手線沿いの裏通り小さな草むらで昆虫を発見

ワークショップの第1部は昆虫採取。JR原宿駅から渋谷・公園通りに向けて歩きながら昆虫を探しました。参加者は9人。捕虫網と虫かごを持参した幼い兄弟もいます。

ルートはおもにJR山手線沿いの裏通り。人工的な環境に覆われた都市でほんとうに昆虫採取ができるのだろうか。半信半疑でいたら、小さな公園や、線路と駐車場の隙間といった思いがけない場所にも草むらがあり、目を凝らすといろんな昆虫が潜んでいました。参加者がねらったのはバッタやキリギリス、カマキリ。ジョロウグモを捕まえた人も。公園通りの駐車場では、フェンスに広がるツル植物に産み付けられたカマキリの卵(卵嚢)を数個発見、採取に成功しました。

この日は約2時間で数十匹の昆虫を採取。かなりの好成績に、柴田さんも「こんなに“天然物”が取れるなんて、すごい!」と興奮気味。意気揚々と第2部・試食に突入しました。

食前の態度に現れる昆虫食への先入観

試食の会場はシビック・クリエイティブ・ベース東京(CCBT)のスペース。食材はこの日採取した“天然物”の昆虫に、採取が不調の場合に備えて用意していたコオロギやカイコ、ハチノコなどの“流通物”が加わり、さらにバラエティー豊かになりました。

調理の担当は昆虫料理研究家の上野流石さん。衛生に配慮して下ごしらえし、素材の味わいを引き出す調理法と調味料を工夫する。調理そのものは一般的な食材と同じです。

料理が運ばれてくると、試食会場が一気にざわつきます。まずは身を乗り出して、あるいは半歩身を引いて、料理を仔細に観察。訝しげな表情の人がいる一方で、興味津々だったり、好奇心全開だったり。そして、恐る恐る、あるいは意を決したように、もしくは待ちきれず、箸を伸ばす。料理を口に運ぶまでの反応だけでも、昆虫食への先入観や試食への期待と不安がそれぞれに異なっていることがうかがえます。

料理を口に含むことしばし。参加者がそれぞれの表現で感想を語り始めました。

「ん? 何これ。全然美味しいんだけど」「すごいカリカリ」「意外と臭みがないんだ」「スパイスを入れれば、けっこうアリかも」と好意的な声があがる一方で、「ちょっと苦みが強いな」「食感が怖いんだけど」といった声も。

いちばん人気だったのはハチノコ(オオスズメバチの幼虫)のしゃぶしゃぶ。「クリーミーで白子みたい」。バッタの素揚げも「エビを揚げたみたい」と好評でした。

内山さんによると「幼虫は時期によって味が変わります。前蛹(サナギになる直前)になるとタンパク質が増えるのでさらに旨味が増します」。また、バッタについては「昆虫はエビやカニに近いので、味的にはけっこう似ています。とくにバッタは揚げるとエビのように赤くなります」。

昆虫はともに生きる仲間/苦手でも居心地のいい集い

試食の後、テーブルを囲んで参加者がそれぞれの感想を持ち寄りました。印象に残った参加者をふたり紹介します。

ひとりは、こどもたちを連れて参加した女性。仕事で食品のブランディングにかかわっているそうです。

「子どもに虫を食べることを教えて、実際に経験させたいと思って参加しました。わたし個人としては、いちばん驚いたのはハチノコです。みんなで巣から幼虫を取り出して食べたんですけど、(成虫の)スズメバチは駆除の対象になっています。怖いし危険なものだから、触ってはいけない、接することができない生き物だって思っていました。今回、その幼虫を自分が食べたことで、すごく身近な感じがしました。いっしょに生きる生き物同士なんだな、みたいな不思議な感覚がありました」

もうひとりは大学生の女性。これまでも昆虫食の会に参加してきました。

「でも、昆虫の味は今も好きじゃないんです。セミの素揚げなんかは美味しかったんですけど。それでも集まりに参加するのは、同じような趣味趣向の人たちと話を共有する時間が楽しいから。昆虫食のコミュニティーは、優しくてオープンな方が多いと思います。いまは『現代における昆虫食の消費の意味』というテーマで卒論を書いています。自分が苦手だからこそ、好んで食べる人たちの消費心理を知りたいので。卒業してもちょいちょいかかわらせていただこうと思っています」

日本の昆虫食は西洋化の過程で衰退した!?

最後のパートは内山さんのレクチャーです。その前に、柴田さんがワークショップを踏まえて、あらためて「City Bug」を企画した経緯を説明しました。

「ぼくたちの食はいま、巨大なフードシステムに支えられていて、生産者から消費者への過程がブラックボックスになっています。そんな中、渋谷の街という人工的な環境にいる昆虫を自分で取って食べることで『食べる野生』に立ち戻れるんじゃないか、と考えて企画しました」

「その一方で、昆虫食はタンパク質の代替品として注目されていて、世界的にも推奨されています。製品化されている昆虫食もある。ぼくは美味しいとおもうけれども、今日参加された方でも食べたことがない方が多かった。そのハードルって何なのだろう」  

「わたしたちは食べものを選択して食べています。そこには宗教的な理由や社会的な慣習があり、あるいはヴィーガンのように個人の生き方として選択しているケースもある。日本では明治以降の西洋化の過程で昆虫食が衰退し、いまでは多くの人が生理的・心理的な嫌悪感を抱いているという印象があります」

この発言に続けて内山さんのレクチャーが始まりました。要約して紹介します。

昆虫はいまも世界128カ国で食べられている

「City Bug」は素晴らしいタイトルですね。(「続・代替屋」は)都市の野生を食べる企画で、今回は昆虫編でした。都市にもbug=昆虫というタンパク質があります。それを捕獲・試食することを「野食」と定義すると、このワークショップは野食を通して、都市が人を含む多様な命の溢れる生命体として再生することを実感する試みだったと思います。

人類は誕生以来、農耕が始まるまでは、採取・狩猟が食べることのメインでした。いまでもかなり多くの国で昆虫が食べられています。最新の統計では、128カ国で2205種類の昆虫が食べられています。いちばん有名なのはタイです。養殖にも力を入れていて、ヨーロッパにも輸出しています。東北部では朝から新鮮な昆虫食材が売られていました。

隣国のラオスも、内陸国なので、昆虫食に力を入れています。市場に行くと昆虫を含むあらゆる種類の野生食材が並んでいました。何を食べさせているかわからない養殖物より、野生のほうが体にいいと思われているようです。それだけ野生が豊かだということです。

日本では大正時代には55種類の昆虫が食べられていた、という統計(1919年)があります。いま食べられているのはイナゴ、ハチノコ、カイコ、ザザムシなどです。高級珍味になっています。ただ、あるグルメサイトの調査によると、「『避ける』と思われている食品・食品技術」のうち88.7%が昆虫食です。心理学でいう「食物新奇性恐怖」(フードネオフォビア)の人がすごく多いんです。大学生に食べない理由を尋ねると、「食習慣」や「理屈抜きで拒否」「変な味や匂い」が上がります。逆に積極的に食べようとする学生は11.3%、「興味がある」「雑食者として当然」「好奇心から挑みたい」といった回答です。そうした人を対象に、私たちはいま、今回のような野外で採って食べる「セミ会」や「バッタ会」を開いたり、みんなで楽しく料理して美味しく食べるイベントを高田馬場や阿佐ヶ谷で定期的に開いています。

昆虫を食べる際の注意点は、まず有毒昆虫を食べないこと。とくにツチハンミョウ系は非常に強い毒をもっています。次に必ず火を通すこと。また、昆虫は系統的にエビ、カニに近いのでアレルギーの人は注意が必要です。(参考文献:筆者著『食べられる虫ハンドブック』自由国民社))

レクチャーの結びに、内山さんが一枚のスライドを見せてくれました。写っていたのは、昆虫をネタにした握り寿司。会場から驚きの声が上がりました。内山さんは「こういう寿司屋さんができるといいですね」と微笑みました。

「美味しい」で昆虫食へのハードルを越える

レクチャーのなかで、内山さんがこんな言葉を紹介しました。「小型無脊椎動物を食べることに対する本能的な嫌悪感を持っている人間など一人もいない」(文化人類学者マーヴィン・ハリス『食と文化の謎』から)。にもかかわらず、多くの人が昆虫を好んで食べようとはしない、という現実があります。内山さんはどのようにして、そのハードルを越えたのでしょうか。

意外なことに、「偶然だった」そうです。内山さんが昆虫食に目覚めたのは50歳のころ。きっかけは多摩動物公園で開かれた「世界の食べられる昆虫展」。展覧会を見た後に、好奇心から、友人たちと一緒に多摩川の川原でトノサマバッタを取って素揚げにしたそうです。「ちょうど季節が秋でバッタの“旬”だったので、ものすごく美味しかった。昆虫って種類が多いから、美味しいものに出会えるチャンスもものすごくある。あのあたりがぼくの出発点だったと思います」

「美味しい」で昆虫食へのハードルを越えられる。そんな可能性を示唆するエピソードです。

この日、最後にいただいたのはお茶。サクラケムシ(モンクロシャチホコの幼虫)の糞を煮出したものでした。サクラケムシが食べた桜の葉が、体内で発酵して一種の “茶葉”になったそうです。「煎じて飲むので衛生的にも大丈夫です」(内山さん)。桜が香るふくよかなお茶の味わいは、昆虫食が普通になった未来の「食」を暗示するかのようでした。

(編集:西岡一正、写真:阪中隆文)

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