代替屋

ワークショップ「渋谷雑草栽培入門」

都市に自生する雑草を「渋谷の特産野菜」に育てる

「続・代替屋」のワークショップ第2回「渋谷雑草栽培入門」が、昨年(2024年)12月15日、渋谷エリアで行われました。「昆虫食」に注目した前回に対して、今回は「雑草」にフォーカスしました。雑草は商品作物として生産されている「野菜」の原種であり、栄養価は野菜を凌ぐともいわれています。この日は、市街地の隙間に自生する雑草を株として採取し、プランターに植え込みました。そこで成長した雑草は後日、「渋谷の特産野菜」として「続・代替屋」の食材となります。

飛び入り参加した男児が薬草の根を掘り当てる

 雑草採取のツアーはJR渋谷駅東口の稲荷橋広場からスタート。稲荷橋はかつて渋谷川にかかっていた橋です。現在の渋谷川は、源流の新宿御苑からここまでずっと暗渠になっていて、稲荷橋広場でようやく地上に姿を見せます。周囲には渋谷ストリームなどの高層ビルが林立しています。いわば、都市という人工に覆われた自然の象徴ともいうべき渋谷川に沿って、恵比寿方面に歩きながら雑草を探しました。

 都市ではふだん雑草を意識することはほとんどありません。でも採取しようとすると、探すまでもなくそこここに雑草が生い茂っています。護岸の脇や線路ぎわ、ガードレール沿い、電柱の足元……。しかし、雑草の名前も特徴も、そして食用に適するかどうかも知らないことに、ツアーの参加者はあらためて気づきます。とまどっていると、ゲスト講師の雑草研究家・前田純さんが説明してくれます。たとえば、こんなふうに。

――それはアメリカセンダングサ、いわゆるヒッツキムシです。この仲間に糖尿病に薬効があり、美容効果もあることがわかっているので、この植物にもそのような効果がある可能性があります。

前田さんの雑草に関する博覧強記ぶりは驚異的で、「続 代替屋」を企画したアーティストの柴田祐輔さんが「ほんとうは、ぼくが前田さんを独り占めして話を聞きたい」ともらすほど。参加者が雑草を手に質問すると、その名前と特徴、効能などを即座に説明してくれます。

ツアー中にこんなこともありました。ある団地の植え込みで許可をえて雑草を採取していたら、団地に住む小学校低学年の男の子が飛び入り参加し、スコップで雑草の根を掘り当てたのです。それはギシギシという薬草の根で、前田さんも感心するほど大振りなもの。都市にあっても雑草が深く根を張っていることを気づかせてくれました。

 前田さんによると、約2時間のツアーで巡ったエリアには58種類の雑草が自生していました。そのうち時期的に栽培に適した雑草約10種以上の株を参加者が採取し、レクチャー会場となったCCBT(渋谷区宇田川町)でプランターに植え込みました。

食料、衣服、薬品…雑草が秘める可能性

 レクチャー「渋谷雑草栽培入門」に先立って挨拶した柴田さんは、前田さんの活動ついて「(雑草という)価値がないものに価値をあたえる、まさに現代美術的な活動」と語り、アーティストらしい共感を示しました。

 前田さんは「小さい頃から植物をずっと見ていられる仕事」にあこがれていたそうです。そこから京都大学農学研究科に進み、雑草学を学びました。現在は愛知県北名古屋市に住まいつつ、雑草性の高い野菜を栽培するなどの「雑草ビジネス」を手がけています。そうした自身の活動について語ったレクチャーを要約して紹介します。

 雑草は、(農耕地に自生する)耕地雑草が450種、人里の雑草が400~500種、帰化植物が800種あります。今回採取したのはほとんど人里の雑草です。古くから活用されていて、食料、衣服、染色、雑貨、牧草など、人間の日常的な活動に欠かせないものでした。

もちろん薬にもなります。煮出したり、揉んだりして有効成分を抽出して利用してきました。薬草は約300種あります。現在では化学物質から有効成分を作り、薬に使っていますが、大きな違いとして薬草のほうが副作用を比較的抑えることができます。

 雑草は織物にもなります。江戸時代に葛から作られた葛布があり、それで着物をつくると100年ぐらい保ちます。また、草木染めをすると布の強度があがります。藍染めなら1.2~1.3倍強くなって、しかも虫に食われない。「薬布」といって、布をまとって治療する用法もあったそうです。

 雑草の幅広い用途の中で、前田さんがいちばん注目しているのは、食材としての可能性であるようです。

 雑草は野菜の原種です。たとえばレタスはオオカワジシャとかカワジシャという雑草を品種改良して作られたと言われています。いろいろな論文を参照すると、栄養価も2~3倍高くなるようです。

そこで、自然栽培でつながった5人と立ち上げた「合同会社つむぎて」では農薬と肥料を使わない自然栽培で、雑草を育てています。その農地として注目したのが耕作放棄地です。

耕作放棄地を資源として活かす雑草の自然栽培

高齢化にともない後継者がいなくなった農地をどうにかして再生できないかと考えて、愛知県長久手市の耕作放棄地で雑草を栽培しています。すごくシンプルな発想で、農薬も肥料も使わない自然栽培に取り組んでいます。低労力で雑草を栽培すれば、耕作放棄地も資源になると考えています。

耕作放棄地は何年も、場合によっては10~20年間使われていないので、雑草にとってはすごくいい土地です。もともと雑草が生えているので、種を植える必要はありません。農業用水もないけれど、ほとんど天水(雨水)で栽培しています。耕作放棄地はしばしば不便な場所にあって大型の機械が入れないのですが、福祉施設と連携する「農福連携」で手伝ってもらっています。

そういう形で、今は1町歩(約1ヘクタール)の耕作放棄地で雑草を栽培しています。

 「つむぎて」はまた、耕作放棄地で栽培したセイタカアワダチソウから抽出したエキスを2022年5月、世界で初めて原料として登録したそうです。前田さんはまた、雑草がもつ多様な遺伝子にも注目しています。

 雑草は多様な遺伝子を持つことで世界に広がってきました。たとえばヨシは砂漠にも生えれば、湖でも生えることができます。そうした遺伝資源は今後、必要になるかもしれない。現実にいま、遺伝子の特許化が進んでいます。雑草でさえ栽培できなくなるかもしれません。

 一方で、F1種子(一代雑種の種子)や遺伝子を組み換えた植物の安全性は、実際にはわかっていません。そうした研究はだいたい3年で終わるけれども、人間は80年、あるいはそれ以上、F1種子でできた作物を食べ続ける可能性があります。

「ふつうに美味しい」雑草のコース料理を楽しむ

 雑草は栄養価が高くて安全な食材。それを知ってもらうために、料理人と組んでレシピの開発を進めています。この日は、波動料理研究家の植村遊希さんが「雑草料理」のコースを用意してくれました。植村さんは自宅近くで採取した雑草を使って、次のようなコースを仕立てました。

あらゆる雑草のエキス/雑草エキスのでがらしと鶏のちまき/ギシギシとカラシ菜の漬物/豆腐とセイタカアワダチソウ味噌/ローストポークとセイタカアワダチソウのサルサ・ヴェルデ/エノコログサの寒天ブラマンジェ/ジュズダマ茶

 耳慣れない雑草も混じっていますが違和感はなく、参加者からは「ふつうに美味しい」という声が上がりました。個人的には、ブラマンジェに入っていたエノコログサのつぶつぶ感が面白い食感でした。

「収穫して食べる」ことは人にとって大きな喜び

 食事を終えるとワークショップ終了の時間が近づいてきましたが、柴田さんはまだ話したりない様子で、予定外の「アフタートーク」が始まりました。

 柴田 渋谷で雑草を採取してみて、どう思われましたか。

 前田 渋谷にはほとんど来たことがなかったのですが、意外と管理されていない土があって驚きました。雑草の種類も多かった。田舎の田畑は農薬を使っているので、その影響で雑草の種類が減っています。都市では農薬を使っていない。コンクリートは暖かく、デジタルサイネージなど照明の光もあるから雑草がよく育ち、種類も多くなっています。それは都市の特徴ですね。

柴田 従来の品種改良に加えて、近年は遺伝子組み換えやゲノム編集というテクノロジーで食物を生産するようになっています。でも、そうしてできた野菜は雑草より栄養値が劣るものになっています。しかも安全性は3年程度しか確認されていないというお話でした。そのなかで前田さんは雑草の自然栽培に取り組まれている。そのモチベーションは何ですか。

前田 柴田さんがおっしゃるような経緯は私も勉強してきたので、問題性は感じています。でも、今日、雑草を食べてみてどうでしたか(会場から「美味しかったです」という声があがる)。私はそういう経験がきっかけになればいいなと思っています。昔の人は野菜とか雑草とか区別なく食べていたので、それを現代に活かしてみたらいい。

 柴田 現代のフードシステムの中では、野菜などの食品はいつでも手に入るので、旬が捉えづらくなっています。一方、雑草は旬しかないとうかがっていたので、今回は雑草を渋谷の「特産野菜」として捉えられないか、というコンセプトでやってみました。旬についてはどのように考えていますか。

 前田 基本的には旬に食べるのが、栄養が豊富で美味しい。たとえば、ノビルは東京の卸売市場でいちばん単価が高い野菜です。なぜなら、抜いた瞬間に味と香りが落ちるからです。でも、実は今日、渋谷の街にノビルが生えていました。みなさんも知識があれば、いちばん美味しい旬のノビルを食べることができます。セイタカアワダチソウも花を食べるなら秋が旬ですが、葉の旬は冬です。そういうふうに旬を知っていただければいいなと思います。

 都市で雑草を採取するというワークショップは、参加者にとっては未知の体験でしたが、前田さんにとっても新鮮な経験だったそうです。「収穫すること、それを食べることは人にとっては喜びなんです。そのことを今日、再認識できました」と語って、ワークショップを終えました。

(編集:西岡一正、写真:阪中隆文)

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